目次
インドの基本情報
激動の歴史が独自の宗教観や文化を育み
多くの文化遺産を生んでいる多様性に富んだ国
インドの面積は、328万7,469平方キロメートル(インド政府資料:パキスタン、中国との係争地を含む・2011年国勢調査)、日本の約9倍という広大な面積を有します。人口は13億9,341万人(2021年世銀資料)で、中国に次いで2番目に多く、世界最大の民主国家です。
首都はニューデリー(New Delhi)※で、人口は2570万3000人(2015年推計・世界年鑑)です。他に首都圏の衛星都市の一つグルガオン、西部に位置して多くを海に囲まれた最大の都市のムンバイ、インドのシリコンバレーと呼ばれるベンガルール、カルカッタ、ダージリンなどの都市があります。
※注 インド連邦直轄領の一つである「デリー」の呼称も広く一般的に使われていますが、インド政府は「ニューデリー」をインドの首都としております。
古代インダス文明を生んだ地で、5000年の歴史を持ち、中国から続くシルクロードの中間に位置します。パキスタン、ネパール、中国と接して多様な民族が集まることで、西洋と東洋の文化が交わり、州により法律・民族・言語・宗教が大きく異なるため、「国というより大陸である」と例えられ、その多様性を表しています。
民族は、インド・アーリヤ族、ドラビダ族、モンゴロイド族などで、連邦公用語はヒンディー語、他に憲法で公認されている州の言語が21言語あります。イギリスの植民地であったインドは、英語教育を小さなころから徹底的に受けているので、小さな子供が流暢に話したりする姿を見かけます。インドの人の英語は少々クセがありますが、発音がはっきりとしていますので聞き取りやすいです。
宗教はヒンドゥー教徒79.8%、イスラム教徒14.2%、キリスト教徒2.3%、シク教徒1.7%、仏教徒0.7%、ジャイナ教徒0.4%(2011年国勢調査)です。様々な宗教があり、寺院もたくさんあります。北部のヒマラヤ地方には仏教徒(チベット仏教)が多く、西部のパキスタン国境付近にはシク教徒、イスラム教徒、ジャイナ教徒が多く暮らしています。また、ケララ州など南部はキリスト教徒が多く、たくさんの教会を目にすることができます。
インドは、地理的にも文化的にも非常に多様性に富んだ国です。長い激動の歴史を通じて独自の宗教観を育み、タージ・マハルなど多くの文化遺産を生んできました。2021年8月現在、40件もの世界遺産があります。自然遺産7に対して、遺跡などの文化遺産は30を数え、どれもそれぞれに特徴のあるものばかりです。
IT企業が急成長する中、日本企業も多く進出
インドは1947年のイギリスからの独立以来、輸入代替工業化政策を進めてきましたが、1991年の外貨危機を契機として経済自由化路線に転換し、規制緩和、外資積極活用等を柱とした経済改革政策を断行しました。その結果、経済危機を克服したのみならず、高い実質成長を達成しました。2014年に発足したモディ政権では、「Make in India」、「Skill India」、「Start-up India」等の様々なイニシアティブを打ち出し、経済改革、製造業振興による雇用の創出、投資促進のためのビジネス環境整備、インフラ整備などを進めています。
現在の主要産業は、農業、工業、IT産業で、石油製品、宝石類、一般機械、鉄鋼、化学関連製品などを米国、USE、中国、バングラディシュ、オランダなどに輸出しています(2021年度:インド政府資料)。
2000年頃からインドでは、IT産業を中心とするサービス業が急速に伸び、GDPの50%を占めています。現在では、インド産業の中枢となっているIT産業は、70%が南インドのバンガロールに集中していて、インドのシリコンバレーと呼ばれています。「インドが世界に誇るIT企業」に成長した多くの企業も、ここに本社を置いています。
インドに進出する日系企業は近年増加傾向にあり、全インドにおける合計は、1,439社、4,790拠点(在インド日本国大使館・2021年)、在留法人数は、9,313人(2021年・外務省海外在留邦人数調査統計)です。「運輸業・郵便業」や「金融業・保険業」が増加した一方、「建設業」や「宿泊業・ 飲食サービス業」では減少しました。全インドの日系企業数の約半分、拠点数の約三分の一は製造業となっています。
日インド両国は、1952年に国交を樹立。インド国内の強い親日感情にも支えられながら、友好関係を維持してきました。経済分野では、デジタル、スタートアップ、人材育成、投資促進、ビジネス環境整備、エネルギー、知的財産等、様々な分野で協力を進めてきました。2014年9月にはモディ首相が訪日し、両国関係は「特別」戦略的グローバル・パートナーシップへ格上げされました。2022年、日インド国交樹立70周年。南西アジア諸国も含めた「2022年日本・南西アジア交流年」として、各種記念行事が実施されました。
インドの衛生・医療事情
インドの1年は、暑期(3~4月)、酷暑期(5~6月上旬)、モンスーン期(6月下旬~9月)、中間期(10~11月)、冬期(12~2月)に分けられますが、国土が広いため地域により気候は異なります。
デリー、グルガオンおよびその近郊では、酷暑期には45℃を超える暑さとなる一方で、冬期には5℃前後まで気温が下がり、寒暖の差はかなりあります。また、ムンバイは年間を通して高温多湿な気候であり、ベンガルールは海抜900m以上にあることから、年間を通して過ごしやすいとされています。
インドは全土で水事情が悪く、上水道は1日に数時間程度しか供給されません。そのため多くの家庭では、タンクを設けて水をためています。蛇口から出る水道水をそのまま飲用することはできません。タンクの洗浄を定期的に行うことが必要です。
レストランで出されるグラスの水、ジュースの中の氷についても、どのように作られたものかわからなければ注意してください。飲用にはペットボトルやボトル詰めのミネラルウォーターやジュースを選び、開栓の際に密閉が確かであったか確認するようにしましょう。高級レストランでも不衛生なことがあるので、外食には十分注意が必要です。外食の際には、肉魚の火の通りをよく確認し、生野菜やカットフルーツ、生フルーツジュースは避ける方が無難です。
医師の水準が低く、スタッフへの教育も不十分
都市部には、最新の医療機器や個室を備えた私立総合病院があります。しかし、医師の水準は、先進国と同等とは言えません。そのため、チームとして働く医療スタッフである看護師、検査技師への教育が不十分です。また、丁寧な問診から診察という基本的なアプローチができていないため、難しい症例の診断や治療には限界があります。インフォームド・コンセントを含め、患者への説明のシステムが確立できていないため、不必要な検査および投薬が常態化していることもあります。
たとえば、感染対策の不備の問題では以下のような事案が発生しています。2007年、ほとんどの抗生物質が効かないNDM-1(ニューデリー・メタロβラクタマーゼ1)という多剤耐性菌がニューデリーで発見され、2010年には、インドで医療を受けた欧米人がNDM-1に感染し、本国に持ち帰るという事案が多発しました。我が国のNDM-1の初発例もインドからの帰国者でした。
縦割り制度のため受付と支払いを繰り返す
ほとんどの病院は部門ごとに縦割りとなっていて、医師の受診、血液検査、レントゲン検査、薬局などで、受付と事前支払いを別々に繰り返さなければならず、検査結果は医師を再受診する前に自分で受け取る必要があります。各受付では列を作らず、早い者勝ちの状態であることがほとんどです。
他の発展途上国と同様に、基本的で避けることができない救急処置はインドの病院に依頼するものの、待てる手術および出産は日本での対応を推奨しています。インドの大気汚染は深刻で、2019年のインドの大気汚染関連死は167万人であったと報告されています。
デリーやグルガオン、ムンバイ、ベンガルールといった都市部では、大気汚染が顕著で、例年11月から1月にかけて、微小粒子状物質(PM2.5)や粒子状物質(PM10)の濃度が高い日が続きます。呼吸器や循環器に基礎疾患をお持ちの方は注意が必要です。ほとんどの私立病院の空気清浄機等の大気汚染対策が不十分です。大気汚染による新型コロナ感染の重症化の影響が危惧されています。
インドでかかりやすい病気・ケガ
インドは感染症の宝庫といわれ、様々な感染症があります。これは都市部でも例外ではありません。特に消化器感染症と結核、デング熱、マラリア、日本脳炎などの蚊が媒介する感染症には注意が必要です。
(1) 消化器感染症
食べ物や飲み物を介して経口感染する消化器感染症は、旅行者や在留外国人にとって最もかかりやすい感染症です。特に大腸菌などによる細菌性胃腸炎(下痢症)が多く、腸チフス、パラチフス、細菌性赤痢、アメーバ赤痢、コレラ、A型肝炎、E型肝炎などは、都市部でもよく見られます。
① 腸チフスとパラチフス
39℃以上の高熱を主な症状とする病気で、潜伏期間は1〜2週間です。必ずしも下痢や腹痛などの腹部症状を伴うとは限りません。血液や便の培養検査で診断し、抗菌薬で治療します。腸チフスにはワクチンがあります。
② 細菌性赤痢
潜伏期間は1〜5日で、発熱、腹痛、下痢(しぶり腹)、粘血便といった症状があります。診断は便の細菌検査で行い、抗菌薬で治療します。
③ アメーバ赤痢
潜伏期間は2〜3週間と長く、典型的症状はイチゴゼリー状粘血便としぶり腹です。検便で診断し、抗寄生虫薬であるメトロニダゾールで治療します。
④ コレラ
潜伏期間が1~3日程度と短く、白っぽい米のとぎ汁状の下痢を特徴とします。下痢がひどく脱水になりやすいので、十分な点滴治療が必要となります。
⑤ A型肝炎、E型肝炎
潜伏期間が1ヶ月程度と長く、発熱や全身倦怠感といった風邪のような症状で始まり、次第に黄疸が出現します。治療薬はなく、安静を保ち自然に回復するのを待ちますが、1%ほどは命にかかわるような重症肝炎(劇症肝炎)になるとされています。
E型肝炎は妊婦が感染すると重症となり、流産の危険性が高くなります。A型肝炎にはワクチンがありますが、E型肝炎にはありません。
このほかにも、ジアルジアや回虫などの寄生虫疾患を含め、多くの消化器感染症があります。
(2)デング熱・デング出血熱
デング熱ウイルスによる感染症で、ヒトはウイルスに感染したネッタイシマカやヒトスジシマカに刺されることで感染します。雨期の後の蚊の増える時期、インド北部では8月末〜11月頃に人口の密集した大都市を中心に流行します。潜伏期間は4~7日で、突然の高熱で発病します。典型的には、頭痛、眼の奥の痛み、関節痛、筋肉痛などを伴い、遅れて発疹もよく見られます。
デング出血熱では、鼻血や消化管出血、注射の後に出血が止まりにくいなどの症状が出たりします。さらに急激な血圧の低下といったショックを伴うことがあり(デングショック症候群)、こうなると大変危険な状態です。予防は蚊に刺されないようにすることのみで、治療は対症療法となります。解熱剤としてはアセトアミノフェンを使用し、ほかの解熱剤は出血傾向を助長する可能性があり用いられていません。普段から置き薬の成分表示を確認しておくとよいでしょう。
(3)チクングニア熱
チクングニアウイルスは、ネッタイシマカやヒトスジシマカなどの蚊によって媒介されます。潜伏期間は2〜12日前後、関節痛を伴う突然の高熱で発病します。症状がデング熱とよく似ているため、しばしばデング熱と間違えられるようです。
かつては主に南インドでよく見られた病気ですが、2015年よりサーベイランスが開始され、2019年、2020年とベンガル―ルのあるカルナ―タカ州での発生が多数報告されています。蚊の増える8月末〜11月頃に患者が増加します。致死率は0.1%未満です。関節痛、関節の腫脹が長期間持続することがあります。ワクチンも治療薬もありません。
(4)マラリア
インドに分布するマラリアは、熱帯熱マラリアと三日熱マラリアで、インド全体の報告数ではおよそ半々となっています。マラリアの報告が特に多いのは、オディシャ州やチャッティースガル州で、これらの州では、ほとんどが熱帯熱マラリアです。熱帯熱マラリアは治療が遅れると高率に死亡する危険な病気です。
マラリアは、ハマダラカという蚊によって媒介される病気で、都市部を中心に流行するデング熱とは対照的に非都市部(農村部)で見られることが多いとされています。デリーでも、年間200〜400例の三日熱マラリアの報告がありますが、デリー以外の地方で感染し、デリーにやってきた出稼ぎ労働者なども多く含まれていると考えられています。一般に都市部に居住する場合には、抗マラリア薬の予防内服の必要はありません。
(5)結核
インドでは結核の罹患率が極めて高く、世界の感染者の約3分の1を占めるとされています。2019年の罹患率は日本の14倍であり、特にデリー準州は38倍であり、結核患者が非常に多い地域です。結核は結核患者さんの出す咳やくしゃみの中にある結核菌を吸い込むことによって感染します(飛沫感染)。また、結核菌は空気中に浮いていることもあり、それを吸い込むことでも感染します(空気感染)。
結核が発病すると、発熱、咳等の症状が出現し、初期の症状はかぜに似ています。結核の感染予防には、患者さんがマスクをするなどの咳エチケットが有効ですが、インドにはその習慣はありません。また、多剤耐性結核が増えてきていることも大きな問題となっています。新規登録結核患者の80%が多剤耐性になっているとのデータもあります。結核は非常に身近な存在なので、使用人などの胸部X線検査を含めた健康管理を行うなどして、早期発見、早期治療を行うことが大事です。
インドで健康上心がけること
(1)手洗い・消毒をこまめに
インドは経口感染症の多い国ですので、食事の前や外出から戻ったときに手を洗うようにすることが重要です。石けんを十分泡立ててまんべんなく手を洗ってください。コロナ禍の現在、アルコールを携帯してこまめに手指消毒することは有効です。同様に、使用人特にコックには、毎日の体温測定、手洗いおよび手指消毒の習慣を徹底的に指導することが重要です。
(2)インド料理に慣れるまで注意
インド料理はスパイシーで油も多く使われており、慣れていないと胃腸への負担が大きく、胃もたれや下痢をしやすくなります。暑いインドでの下痢は脱水になりやすいので、水分補給に努めてください。
(3)外出時は熱中症・防蚊対策
夏のインドは大変暑く、地域によっては湿度も高くなります。熱中症には十分な注意が必要です。遺跡など屋外の観光施設が多いため、炎天下で長時間の観光の際には、日傘を使用するか帽子をかぶる、ボトルの水(電解質の入ったスポーツドリンクが望ましい)を携帯する、日焼け止めを塗る、無理なスケジュールを避けるなどの注意が必要です。
外出時、室内の防蚊対策はしっかりと行ってください。家庭内で使用する水の管理のために、貯水槽のこまめな掃除を行ってください。大気汚染対策のために、室内のPM2.5濃度を測定するなどして、空気清浄機を24時間稼働させ、1日平均値を35μg/㎥以下に保ちましょう。
(4)その他
インドは車の運転マナーが大変悪く、交通事故も頻繁に起きています。道を歩く際には十分気をつけてください。
野犬が多いことは前項で述べましたが、そのほか牛や猿などは都市部でもよく見かけます。こうした動物も人に危害を加える危険がありますので、近寄らないようにしてください。
インドの医薬品や各種ワクチンは日本に比べ安価です。しかし、品質の管理には課題があります。2019年に狂犬病ワクチンの品質に問題が生じたとして、一時、供給が停止するという事態が発生しましたが、詳細は不明です。生活習慣病の常用薬、使い慣れた整腸剤や風邪薬などは持参するとよいでしょう。
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